アトリエEC
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Representative

代表プロフィール

The story so far.

アトリエEC代表 三ケ田伸也

映像も、音も、コードも。
一見ばらばらに見える道のりが、
いまのアトリエECにつながっています。

Representative アトリエEC代表 三ケ田 伸也 Shinya Mikata
Biography

はじまりは、映像と音。

子どもの頃、父が買ってきた大きなビデオカメラで、ウルトラマンと怪獣の“戦い”を撮っては一人で観て楽しんでいました。今思えばそれはストップモーションという技法ですが、誰に教わるでもなく、自分で効果を見つけて夢中になっていた——それが、映像との最初の出会いです。高校ではロックバンドを組み、その同じカメラでライブを記録し、カセットMTRでバンドの音源をつくりました。「撮る」と「録る」は、私の中で最初から地続きでした。

ライブを記録したビデオカメラと、バンドの音源をつくったカセットMTR
映像を刻んだビデオカメラと、を録ったカセットMTR。「撮る」と「録る」の原点。

コンピュータに、触れ続けた学生時代。

大学に入ると、当時はまだ珍しかった映像編集向けのPC(VAIO)を手に、Adobe Premiere での編集や、オーディオインターフェースと DAW による音づくりの世界へ。自分で HTML を書いてホームページをつくることもありました。とにかく毎日、コンピュータに向き合っていた頃です。

学生時代に使っていた映像編集向けのPC(SONY VAIO)一式
毎日向き合っていた、映像編集向けのPC(VAIO)。編集も、音づくりも、Webも、すべてここから。

ソフトウェアの基礎を、みっちりと。

レコーディングエンジニアを志したものの、厳しい世界だと知り、地元・盛岡の組み込みソフトウェア開発の小さな会社に入社しました。最初の3か月は、分厚いC言語の教科書を1ページ目から最後まで、ただ読むのではなく完全にマスターするための研修。ここでプログラミングの土台を徹底的に叩き込まれました。はじめて配属されたのは、動画圧縮規格 H.264/AVC を完全に理解した上で、ソフトウェアをハードチップ化して高速化するプロジェクト。規格を"なんとなく"ではなく隅々まで理解することが求められました。ワンセグが登場した頃、「無線で飛ばせるほど動画を圧縮できる」その技術に衝撃を受けながら、何百ページもの規格書を読み倒し、デジタル映像と映像圧縮の基礎を身体に入れました。

研修で徹底的に学んだC言語の教科書と、隅々まで読み込んだH.264/AVCの教科書
1ページ目から叩き込まれたC言語の教科書と、隅々まで読み倒したH.264/AVCの規格書。

エネルギー、そして震災。

やがてリーマンショックで受託開発が激減し、会社は自社製品へと舵を切ります。取り組んだのは、再生可能エネルギーの“見える化”ソフトウェア。発電量や消費量を数値で表す——今では当たり前でも、当時はまだ珍しい試みでした。ほどなくして、東日本大震災。エネルギーを真剣に考えることが、社会の当たり前になっていきました。

弱電から、強電まで。

震災復興の研究開発チームの一員として、私は出向というかたちで東北大学大学院・環境科学研究科へ移りました。太陽光でつくった電力を直流のまま蓄電・供給し、EVとも損失の少ない直流でやり取りする——そんな研究に携わります。石巻市では、小学校・保育園・漁協などの指定避難所に太陽光パネルと蓄電池、EVもつなげる設備を設計しました。弱電の知識しかなかった私が、強電のプロと肩を並べて働いたこの3年間で、その知識をしっかりと身につけることができました。

現場で活きる、ものづくり。

プロジェクトが佳境に入る頃、盛岡の会社は解散。次の道を探していたところ、教授の紹介で、地質調査用のカメラを開発する会社に出会いました。ボーリングで掘った孔にカメラを等速でゆっくり降ろし、その映像から地層の展開図を起こして解析・納品する——その中核となるカメラを、自社で開発する仕事です。しかもエンジニアは私一人。地質調査そのものは素人でも、カメラ周りは盛岡時代の蓄積があり、FPGAによるモーター制御もイメージできました。約3年で開発を完了。タブレット接続の採用、モーターと深度計の精度向上、最新LEDへの換装と無段階調光——磨き込んだこの機材は国土交通省のNETISにも登録され、いまも現場で活躍しています。

映像制作、そして独立。

そのうちに、「自分でも事業をやってみたい」と思うようになりました。働きながら週末に自分のバンドの映像をつくっていたところ、少しずつ映像制作を頼まれるように。ミラーレスの大きなセンサーで映像を撮り始めた2017年頃、「ジンバル」という言葉もまだ通じない時代です。少ない情報を頼りに機材を試し、探求そのものを楽しんでいました。自分の撮ったもので誰かが喜んでくれる——その手応えは、人生の大きな転機のひとつでした。円満に独立し、アトリエECを立ち上げます。

独立後の、日々。

その後も一年ほど東北大学の別プロジェクトを手伝いながら、映像制作を続けました。午前は研究室で配線のはんだ付けや基板づくり、帰宅後は映像編集、週末はジャズ演奏。そんな日々の二年目、新型コロナウイルスが世界を大きく揺らし始めました。

ライブ配信という、集大成。

そんな折、「ライブ配信はできますか?」というご相談が少しずつ増えていきました。これは学んでおくべきだと機材を揃え、配信を一つの業務として引き受けるように。やってみて分かったのは、これがとても高度な仕事だということでした。カメラ、マイク、デジタルの音声と映像、ネットワーク、ソフトウェア、そして現場のディレクション——それらが同時に、しかも一瞬の判断で求められます。けれど、そのどれもが、これまで私が歩んできた道そのものでした。「これは、自分の集大成かもしれない」。ありがたいことに、一時は「仙台でライブ配信といえば」と名前を挙げていただけるほど、この仕事にのめり込みました。コロナが落ち着いたいまは件数こそ減りましたが、この需要が絶えることはないと思っています。

つくるだけでは、届かない。

数百件の映像を手がけるうち、その多くが「SNS用の動画を」というご依頼でした。ところが、せっかくの作品も、SNSの運用がうまくいっていないために、ほとんど誰にも見てもらえていない——そんな場面に、何度も出会いました。そこで最近は、SNSの運用そのものもお手伝いしています。InstagramやYouTubeを中心に、映像や写真をつくり、投稿し、フォロワーを増やす作業まで。情報があふれ、いいものをつくるだけでは目に留めてもらえない時代です。いい仕事をしているのに知られていない——そんな企業のお役に立てればと思っています。

そして、AIの時代へ。

2025年頃から、AIの進化が二次曲線を描くように加速しました。乗り遅れまいと気負ったわけではないのですが、周囲の話を半信半疑で試してみて、度肝を抜かれました。いまではすっかり、どっぷりです。まずは自分の業務を、できる限り自動化することから。自分でコードを書かなくていいぶん楽になりましたが、設計だけはきちんとしておく必要がある——まるでプロジェクトマネージャーになった気分です。

なぜ、社員はAIを使わないのか。

ある取引先で、「これからはAIの時代だ」と全社員が高機能なAIを使えるようにしたのに、誰も使ってくれない、という話を伺いました。どうやったら社員の皆さんにAIをもっと活用してもらえるか、というディスカッションをしていたときの事です。「それって、三ケ田さんに作ってもらったほうが速いんじゃないの?」という言葉が返ってきました。その何気ないひと言に、私ははっとしたのです。企業がAIを導入する目的は、多くの場合、人件費の削減です。つまり、単純作業に費やしていた時間を減らすこと。でも、その自動化は、そんなに簡単なことでしょうか。AIに頼めば、その通りに動くものはつくれます。けれど、それは安全でしょうか。不具合が出たら、どう直しますか。中身の分からないままつくったものは、本質的には直せず、改善もできず、安全とも言い切れない。だからこそ、ソフトウェアのプロによる監修が要る——取引先のひと言で、私もようやく、そこに気づきました。社員がAIを使わないのは、きっと、そういうことなのだと思います。

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これからも、人柱として。

時代はめまぐるしく変わり、私もずいぶんオジサンになってきました。何ごとも始めるのが早すぎて、“人柱”になることの多い人生です。それでも、人柱になったからこそ、誰かの役に立てる。その手応えがあるから、これからも進んで人柱になっていこうと思います。

私にできることで、誰かが幸せになってほしい。それで自分も家族も幸せなら、最高です。——そんな思いを胸に、これからも仕事に励んでまいります。

アトリエEC代表 三ケ田 伸也

つくりたい、を聞かせてください。

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